和歌山に生まれ、結婚を機に京和傘「日吉屋」に入り、2004年に五代目に就任した西堀耕太郎さん。伝統的な和傘の継承だけでなく、和傘の技術、構造を活かした照明器具などの新商品を開発し、国内だけでなく海外14ヶ国に商品展開をされています。さらに商品開発や販路開拓を支援する「T.C.I研究所」を設立し、販路開拓コーディネーターとしても活動されています。今回の取材では、伝統技術を活かした商品開発と、海外への展開について伺いました。
京和傘「日吉屋」とのかかわり
日吉屋五代目 西堀耕太郎さん
私が生まれたのは和歌山県です。高校時代に合気道をやっていましたが、道場には外国人の修行者が多く、彼らと接するうちに海外への興味が湧き、カナダに留学しました。帰国後、新宮市役所に勤めながら、日本の工芸品や民芸品を見て回っていましたが、そうした中で妻と出会いました。妻の実家が営んでいたのが、和傘の老舗「日吉屋」だったのです。
和傘はもともと、奈良時代に中国から伝来したもので、当時は魔除けや身分象徴のための道具でした。番傘の形が確立したのは江戸中期で、雨傘・日傘として、また茶道でも使われるようになりました。昭和に入ると、一般的に使用する和傘が激減し、歌舞伎、茶道などでの使用がメインになっていきました。近年は海外からの輸入品に押され、ジリ貧となりつつありました。 日吉屋の番傘を見たときに、「今でもこんな傘を作っている人がいるのか」と感動しました。しかしながら、年間の売上は100万円程度。近々に店を閉めると聞き、何とかできないかと、市役所の観光課にいた時のノウハウを活かしてWEBサイトを作り、運営のお手伝いをしました。1997年、まだネット草創期のことでした。また番傘作りにも挑戦しました。当初は仕事を続けつつ、週末に京都に通っていました。
結婚を機に日吉屋に入り、職人の道を目指しました。やがてネットでの売上が年間で1千万円程度まで上がり、専業でやっていけるようになりました。そして2004年に、私が日吉屋の代表を継ぐことになり、お店を法人化しました。今年でちょうど10期目になります。従業員は、当初妻の家族しかおらず、家族ぐるみで傘を作っていましたが、後に弟子入りした職人が一人前になり、今では製造部門を任せています。
KOTORI
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和傘の技術を活かした商品開発
和傘には常に一定の需要はあり、これがなくなることはありません。ただ、ネットでの売上が上がったのは、潜在的に和傘が欲しかった人たちが、ネットで見つけてくれたからです。和傘は長持ちするので、一度買ってくれた人はなかなかリピーターになりません。欲しかった人に行き渡ってしまうと、需要の限界が来るのではないかという危惧を感じ、もっと使い易い商品を作れないかと考え、2004年に和傘ランプを作りました。光が紙を透けると綺麗、骨組みが綺麗といった和傘の利点を活かした、開閉できるタイプの照明器具です。
最初に作ったのは和傘に電球をつけただけのもので、展示会での反応は良くありませんでした。来場者に尋ねてみたところ、「どこで使ったらいいか分からない」という答えが返ってきました。その後、ブランドプロデューサー・島田昭彦氏、照明デザイナー・長根寛氏と出会い、「今のインテリア空間に合う形は」と考え、筒型のランプシェードを作りました。この商品には問い合わせが多く、「洋室に合いそう」との反応を得ました。そこで初めて、今の一般家庭には和室が少なく、洋室に合う姿にしなければいけないと気づいたのです。その後も試行錯誤を繰り返し、筒型から開閉できる形に変え、骨組みを見せるために骨を下に持って来る、などの改良を加え、KOTORI(古都里)が完成しました。この商品は2007年にグッドデザイン賞特別賞(中小企業庁長官賞)を受賞しました。またフランス人デザイナー、ヨルグ・ゲスナー氏とのコラボレーションモデルも現在販売しています。
MOTO
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KOTORIをニューヨーク国際現代家具見本市(ICFF)に出品した時に、現地のディストリビューターから「竹と紙ではないものはできますか?」との質問を受けました。そこからヒントを得てMOTOシリーズが生まれました。骨組みはスチール、表のフレームはABSプラスチックで、リングを手で昇降させフレームを開閉できるようにしたシェードランプです。表面には紙を張らず、フレームの動きを見えやすくしています。
弊社が照明を手がけるようになったのは2005年のことですが、個人の邸宅用だけでなく、ホテル・レストランでの業務用の需要も多く、今では売上の40%程度を上げるまでになっています。
また和傘でもなく、洋傘でもない第3の傘としてryotenを開発しました。サトウキビ由来のバイオプラスティックを素材として、日常生活に耐えうる強度を実現した傘です。デザイナーには、和傘の美しさを残しつつ、洋装にも合う商品としてデザインしてもらいました。
このように、近年は和傘の製造で培ってきた技術を活かし、今の時代に求められる商品の開発に取り組んでいます。ただその際に、150年続いてきた和傘屋として、「和傘から生まれた何か」は外さないように心がけています。
海外市場の開拓
海外での展示会には当初、2008年に「KYOTO PREMIUM」(*JAPAN ブランド育成支援事業)に参加する形で出展しました。その後海外での合同展示会に何度か出展していましたが、フランクフルトでの『アンビエンテ』で、メサゴ・メッセフランクフルト株式会社のニコレット・ナウマン副社長とお会いし、国際見本市『テンデンス』に招待されました。単独出展となったことから、日吉屋としての世界観を演出しましたが、これが当たり、いろんなメディアに取り上げていただきました。
そしてディストリビューター(総代理店)を引き受けよう、ドイツ仕様の照明器具を作ろう、という企業と出会うことができました。そして2009年からは、ディストリビューターのブースの中に商品を出品してもらえるようになりました。
こうした出会いを機に、弊社は海外販路の開拓に積極的に取り組んできました。そして現在では、フランス、ドイツ、イタリア、中国、アメリカなど14カ国に総代理店を置き、現地での営業・販売を行っています。
現地のディストリビューターと話していて驚いたのは、「“メイド・イン・ジャパン”は、海外では全く通用しない」ということです。伝統工芸品には、オリジナリティがあります。ただ、今あるものをそのまま海外に持っていっても、商売にはなりません。現地の人たちが買いたい形をしている、使うことで生活が豊かになる、といった要素がないと、市場に受け入れられないのです。海外展開を進めるにつれて、このことに気づいてきました。
海外展開のお手伝い
私たちと同時期に海外進出に取り組んだ企業は数十社ありましたが、今でも海外で残っているのは3、4社に過ぎません。なぜうまく行かないのかというと、そこには商品のギャップ、コミュニケーションのギャップ、流通のギャップがあるからです。
商品ギャップとは、提供しようとしている商品が海外の生活習慣や市場特性に適していない、ということです。技術が凄い、工程に手間をかけている、精巧であるといった部分に力点を置きすぎて、お客さんにとっての価値を見落としてしまっているのです。
コミュニケーションギャップとは、商品の良さを十分消費者にPRできていない、ブランドが認知されていない、ということです。そして流通ギャップとは、現地に代理店がないために流通しない、海外の流通システムを考慮した価格設定になっていない(上代の25%以下で作らないといけない)ということです。こうしたギャップの解消のためには、現地の生の情報を伝えてくれるディストリビューター、そこから得たアイデアを形にし、改良を加えてくれるデザイナーといった存在が不可欠です。
弊社では2008年より海外進出に取り組んできましたが、そこで得た知見やネットワークを活かして、海外進出をめざす企業のサポートを目的に「T.C.I研究所」
https://www.tci-lab.com/ を設立しました。同研究所では、海外の市場調査や商品開発、販路開拓までをトータルでお手伝いしています。この事業は、素晴らしい技術を持ちながら海外進出を成功させることなく終わる企業を減らしたいという私自身の思いと、素晴らしい商品があるなら流通させたいという海外ディストリビューターの思いが一つになり、立ち上がったものです。
同研究所では、京都市・京都商工会議所が行っている「KyotoContemporary」
https://www.facebook.com/KyotoContemporaryという、京都ブランドの海外市場開拓事業に関わっています。弊社と取引のある海外ディストリビューターをアドバイザーとして起用し、日本人・フランス人・中国人デザイナーの協力のもと、京都の伝統工芸企業8社の商品開発をサポートし、組紐のテイストを活かしたネックレス、甲冑の技術を応用した“サムライバッグ”、漆器の切削技術を活かした“塗らない漆器”などを開発しました。
企業の海外進出をサポートするためには、企業を集めて展示会に出展するだけでなく、市場ニーズの把握から商品開発、ディストリビューターとの連携などをトータルに支えるシクミが必要です。弊社は民間の立場ですが、公的セクターがこの部分を大きく担っていくことを、我々も期待しています。
これらの商品は、今年1月のMaison&Objetや4月のミラノ・サローネに出展しており、一部商品は仏大手ブランドや欧州各国の小売店で販売が始まっております。
企業の海外進出をサポートするためには、企業を集めて展示会に出展するだけでなく、市場ニーズの把握から商品開発、ディストリビューターとの連携などをトータルに支えるシクミが必要です。弊社は民間の立場ですが、公的セクターがこの部分を大きく担っていくことを、我々も期待しています。
日吉屋のコンセプト・企業理念は“伝統は革新の連続”です。伝統工芸の中にも、1000年前と同じという商品はなく、さまざまな時代の中に、革新的な取り組みがありました。そうした革新的な取り組みを続ける中で伝統を継承していくことを、これからも大事にしていきたいと考えています。
(取材・文:山納 洋)
西堀耕太郎さんのツボ
・展示会来場者やディストリビューターの声をヒントに、ものづくりを深化させておられます。
・海外進出を阻む要因として、商品のギャップ、コミュニケーションのギャップ、流通のギャップを指摘しておられます。
・海外の市場ニーズに合わせたものづくりのために、海外にいるディストリビューターとうまく連携しています。
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